developmental disorder diary

24歳で発達障害が判明した人間による雑記です。感情的な痛みの訴求ではなく、なるべくどうしたら良いかを考えていこうと思います。生きづらいけど。追記:「Developmental Disorder:発達障害」よりも「Autistic Spectrum Disorder:自閉スペクトラム症」という呼称がより適切でした。

会話という意思疎通の方法は言葉だけで成り立っていない共同作業

何ともしみったれた自己憐憫くさい記事ばかりを書いているのも恥ずかしいので、事実か勘違いか、有益かどうか私自身でもまだ判断に迷っているところですが、たまには実のある(か定かではない)ものを。

私はいわゆるアスペルガーです。それだけが原因か定かではありませんが、意思疎通に難を有しています。円滑な意思疎通を目指してない知恵を絞り、他者を観察して得た現在の個人的な見解です。

私が認識している会話の構成要素

  • 言葉(意味を記号化したもの
  • 音声(記号を発声し伝達する行為または記号の意味を補足する
  • 表情(心象など言外の意味を表す
  • ジェスチャー(記号の意味を補足または限定的にする
  • 視線(応答を促すまたはジェスチャーと同じ

会話についての雑感

私は会話とは言葉だけで成立していると考えていました。現在でも、最も合理的な形はそうであると考えていますが、実際にはそうではないようです。

他者からの呼びかけに対して応答する際、なんの表情や声色も作らず自然に応答したり、明らかな苛立ちや怒りで着色した言動で応答すると相手は萎縮し意思疎通は不完全かつ困難なものになります。

逆に少し口角をあげ、友人と軽口を叩くような調子で応答すると思いの外に意思疎通は円滑になる傾向があります。少し悲しいですが、どうもこれが現実のようです。

さらに悲しい事に、ただ善意を持って相手の主張を承諾しているだけでは相手はこちらを格下と認識し、意味のわからない事をごね始めたりするため、まるで動物に接するかのごとく飴と鞭を使い分ける必要がある人間も存在します。

この傾向を持つ人は自尊心が満たされていない上に、それを満足させる術(何か達成感を感じることのできる趣味など)を持っていない傾向も持っている気がしています。

この手の対象に接する際は、こちら側で道理と相手の主張をすり合わせ妥協点を探しその結論に至った過程も合わせて説明すれば会話は成立しやすいです。

会話が煮えきらない時は、その理由を挙げると必要なことが何かはっきりするので円滑です。

意思疎通能力についての私見

世間では、”コミュニケーション力”という意思疎通を表す英単語の末尾に”力”を付け加え、あたかも筋力や知力など個人の性質の一つを漠然と指す言葉として横行しています。

私にはこの状況が、この言葉をもてはやしている人たちの意思疎通について傲慢さ(消極的かつ自己中心的であること)を象徴してしまっていると感じています。

意思疎通というのは相手がどんな目的のもとで何を言っているのかを理解し、それ対して自身の考えを述べる事を繰り返し、より適切な結論に至るための共同作業であるはずです。

「言わなくても解れ。」や「想像力があれば云々。」と言った主張は乳児が泣きわめいているのと同様で、ましてそれを成人がやろうものなら可愛げもなくただの馬鹿にしか見えません。適切な結論に至るには、適切に判断材料を相手に伝える事が重要です。

非常に残念ながら、私が会社で仕事をしていると違う島の人の電話口や、同僚同士の会話からこのような語が聞こえる事や、以前は私も言われたことがあり、とても残念で惨めな気分になります。また言われた際は大変頭にくるので建設的な会話はそこで終了します。

”和をもって尊しとなす” という日本の美徳を表す定型句の意味すら知らず、字面を曲解し、自己正当化に用いる・・・などというのは自分自身と自分と同じ帰属意識を持つ人たちに対するこの上ない冒涜であると私は認識しています。

率直な物言いは時として暴力になりえますが、どちらかといえば有益な場面の方が多いので、これを敬遠してしまうのは非常に良くない事だと私は思っています。

また、”率直な物言い”と”暴力的な物言い”の区別ができていない人も多いと感じています。

問題点を指摘するのに罵倒語は不要です。問題点の重要さや邪悪さを表す意図である場合でも、適切な指摘が行われていれば問題について解説する語だけで成立することが殆どです。

ましてそれを成人がやろうものなら可愛げもなくただの馬鹿にしか見えません。

このように、自身の情動的な感想を指摘と混同してしまうと、過ちが生じやすいです。これは文章を書きながら気がついた悪い例です。やはり私も人のことを言える人間ではありませんので、気をつけます。

追記

文章は書きながら読み返して修正できるのが良いですね。